大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和59年(う)1126号 判決

主文

本件控訴を棄却する。

当審における未決勾留日数中二二〇日を原判決の刑に算入する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人大櫛和雄作成の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官山路隆作成の答弁書記載のとおりであるから、これらを引用する。

一控訴趣意第一の一及び第一の二の2(詐欺の故意に関する事実誤認の主張)について

論旨は、原判示第一の詐欺及び第二の詐欺未遂の各事実について、被告人には詐欺の故意がないからいずれも無罪であるのに、これを積極に認定し右各事実について被告人を有罪とした原判決は、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実を誤認したものであり破棄を免れない、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判示各証拠によれば、原判示各事実は、所論詐欺の犯意の点を含め、これを優に肯認することができ、当審事実取調の結果によつてもその結論は左右されない。

所論は、被告人は、共犯者青木伸一の説明により、本件信用状(取消不能荷為替信用状のこと、以下同じ)は、あらかじめ輸入商品の船積現場に買付会社竹中商事株式会社(以下竹中商事と略称する)の責任者が出向いて立合い、船積商品確認のサインをすることを荷為替手形支払の条件としておき、実際にはその責任者と異なる者のサインをすることによつて、信用状開設銀行においてはそれが信用状記載の条件に明白に違背しているということで信用状の買取を拒否できるようにするから、同銀行にあつては右理由で支払を拒絶し損害を被る虞はないと確信していたもので、信用状詐取の故意がなかつたというのであるが、本件は、被告人らにおいて、実際に貨物を輸入する意思がないのに架空の仮契約書(インフォーマインボイス)等を提示して、国内の貿易商社にその輸入手続の代行を依頼し、同社の取引銀行をして信用状を開設させ、同銀行から同信用状に基づく荷為替手形についての支払保証の利益を得、或いはその利益を得ようとして未遂に終わつた事案であつて、所論のように右信用状開設(詐欺等成立)後にこれが支払を拒絶される見通にあり実害を被る虞があつたか否かは、右詐欺罪及び同未遂罪の成否には全く影響がないものといわなければならないから、右のように確信していたということ自体是認しがたいが、仮に被告人が所論のように信じていたとしても、これによつて被告人の本件詐欺及び同未遂の故意が否定されるものではない。論旨は理由がない。

二控訴趣意第一の二の1(原判示第二の詐欺未遂の実行の着手についての事実誤認及び法令適用の誤りの主張)について

論旨は、原判示第二の詐欺未遂の点は、佐藤木材店経営者佐藤健を被利用者とする間接正犯の態様による犯行であり、その実行の着手は被利用者の行為により決せられるものと解される(大正七年一一月一六日大審院判決刑録二四輯一三五二頁)ところ、右佐藤健は、株式会社清水銀行(以下清水銀行と略称する)静岡支店に対し、信用状開設の資格があり同銀行に代つてその開設を行うことになつている株式会社第一勧業銀行(以下第一勧業銀行と略称する)において信用状開設の可能性があるか否かを打診したに過ぎず、いまだ本件被害者とされる右第一勧業銀行に対する信用状開設の申込そのものの所為、即ち詐欺の実行の着手にまでは及んでおらず、その予備段階でしかないのに、原判決が原判示第二のとおり詐欺未遂罪を認定したのは、判決に影響を及ぼすことが明らかな事実を誤認し、ひいては法令の適用を誤つたものであつて破棄を免れない、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、原判示関係各証拠によれば、原判示第二の詐欺未遂の事実はこれを優に肯認することができ、原判決が同所為につき同罪の実行の着手があつた旨説示するところもおおむねこれを正当として是認できる。

即ち、先ず右の点の事実関係を見るに、(1)被告人らは共謀のうえ、実際は貨物を輸入するつもりがないのにその実があるかのように装つて本邦の貿易商社にその輸入手続を依頼して信用状を開設させ、支払保証を得ようと企て、原判示第二のように佐藤木材店経営者佐藤健に対し、原判示ウタマ社(以下ウタマ社と略称)と新進貿易株式会社間のパームオイル輸入契約及び同オイルを竹中商事が買い取る旨の契約は架空のものであるのに事実であるかのように嘘を言い、信用状金額の四パーセントの謝礼の提供をも約して、同オイルの輸入手続の代行とその取引銀行での信用状開設手続を依頼したが、同人がその取引銀行の清水銀行(静岡支店)及び同行の代行銀行である第一勧業銀行に対し信用状開設の依頼をするまでに至らなかつたこと、(2)右清水銀行は、外国為替公認銀行ではあつても、外国の銀行との間でいわゆるコルレス契約を締結することが認められていないため、直接信用状を開設することができず、取引先から信用状開設の依頼があつた場合には、コルレス契約を認められた第一勧業銀行にその開設の代行を依頼していること、(3)この場合、第一勧業銀行は、形式的には右依頼者との間で直接信用状を開設することとなるが、実際には前示清水銀行が依頼者の連帯保証人となつて損害保証をするため依頼者の信用調査等はせず、清水銀行の依頼には無条件で応じる慣習が確立しており、右依頼のあつた信用状開設の業務に関しては、清水銀行が実質的な決定権を有していること、(4)そして、清水銀行と佐藤木材店との間には、輸入為替取引を包括的、継続的に実施し、支払及び損失保証をすべき基本約定である商業信用状約定及び追加約定が締結されており、その取引担保として同店から約二億乃至三億円相当の不動産、預金債権等が供されているので、清水銀行にあつては、佐藤木材店から信用状開設の依頼があれば、一応の内部審査を経るものの、その担保枠の範囲内であれば直ちに、その枠を超える場合にはそれに応じた増担保を徴するだけで、前示第一勧業銀行に依頼して同銀行に当該信用状を代行開設させることとなつており、現に本件当時の二年間に同店の依頼により四回にわたり同信用状を開設した実績があること、の各事実が認められる。

従つて、以上のような佐藤木材店、清水銀行、第一勧業銀行の密接な取引及び協力関係に徴すると、佐藤木材店の経営者である佐藤健においては、自己において信用状の開設を意図すれば容易に前示手続を経てその実現をはかることができ、信用状を開設するか否かは事実上同人のその旨の意思の有無にかかつているものと認めることができる。そして、詐欺罪は人を欺罔して財物を騙取し若しくは財産上不法の利益を得る犯罪であり、その欺罔に着手した時点において犯罪の実行の着手があるとされるものであるが、右の欺罔される者とその欺罔の結果財産上の処分を行う者(財産上の被害者)とは必ずしも同一人である必要はなく、被欺罔者が財産上の処分者(被害者)に対し、事実上又は法律上その被害財産の処分を為し又は為さしめ得る可能的地位にあることをもつて足りるものと解される。

ところで、本件においては、被告人らは前示のように佐藤木材店の経営者である佐藤健を欺罔してその取引銀行に信用状の開設をさせようと企て、前示のように架空の貿易取引を装い、かつ、多額の代行手数料を支払うとの好餌をもつてこれに働きかけているのであるが、同人がその働きかけに応じて取引銀行である清水銀行静岡支店に対し所定の信用状開設の依頼をすれば、爾後の同開設に伴う支払及び損害はすべて同人において実質的に補填する約定となつている関係上、ほぼ確実に第一勧業銀行による信用状の開設が行われる仕組みとなつていること前説示のとおりであるから、右佐藤健は、本件財産上の被害者である第一勧業銀行の右財産上の処分につき事実上これを為さしめ得る可能的地位にあるものと評して差支えなく、従つて、右佐藤健は前示詐欺罪における財産上の被害者とは別個の実質的被害者たる被欺罔者と認められ、これに対して欺罔の行為に着手した被告人らの前示犯行は、所論のように単なる詐欺の予備行為たるにとどまらず、優に詐欺罪の実行の着手に至つているものと認めるのを相当とするものというべきである。

してみると、これと同様の結論をとる原判決に所論のような瑕疵のないことはいうまでもなく、論旨はいずれも理由がない。

三控訴趣意中、量刑不当の主張について

論旨は、要するに、量刑不当を主張し、原判決の量刑は重きに失し不当である、というのである。

そこで所論にかんがみ記録を調査し、当審における事実取調の結果をもあわせて検討するに、本件は、繊維等の輸出入業会社代表者である被告人が、他数名と共謀のうえ、実際には貨物を輸入する意思がないのに、外国商社ウタマ社からパームオイルを輸入するかのように装つて、ゼネラル通商株式会社(以下ゼネラル通商と略称する)にその輸入手続の代行と、ウタマ社を受益者とする信用状の開設手続を依頼し、その旨誤信したゼネラル通商社員を通じて第一勧業銀行をして、依頼者ゼネラル通商、開設者第一勧業銀行、受益社ウタマ社とする金額一〇八万二〇〇〇米ドル(当時の邦貨換算約二億五五〇〇万円)の信用状を開設させ、不法に右同額の受益者振出の荷為替手形の支払保証の利益を得たほか、右同様の方法で佐藤木材店を通じて、第一勧業銀行から右同様の信用状(但し、依頼者は佐藤木材店)を開設させ、同額の受益者振出の荷為替手形の支払保証の利益を得ようとして未遂に終わつた事案であるが、原判決がその「(量刑の理由)」として説示するように、本件は外国の輸出業者と組んで架空の貿易取引を行い、信用状の付された荷為替手形を現地の銀行に買取らせて現金を入手する不正計画の一環として敢行されたものであり、架空の仮契約書(プロフォーマインボイス)及び買付証明書等を準備するなど計画的かつ巧妙、悪質な事犯であること、原判示第一の犯行の結果信用状開設依頼者のゼネラル通商に約金二億三〇〇〇万円余の損害を負わせていること、被告人は当初から本件犯行計画に関与し、テレックスによる外国商社との連絡、架空の買付証明書の作成に当たるなどしており、共犯者の青木伸一と共に主導的な立場にあつたと認められること、また、原判示第一の犯行の結果利得した金員の内金四千数百万円の送金を受けていること、しかも被告人は当時同種詐欺事件により大阪地方裁判所において審理中で、本件はその保釈中に行われたものであることなどに徴すると、被告人の刑事責任は重大といわざるを得ないから、原判示第一の信用状開設依頼者ゼネラル通商側にも手数料利益に目を奪われ不用意に被告人らの言を信用した落度がないではないこと、共犯者の竹中裕二郎において金五〇〇〇万円を支払いゼネラル通商との間で和解が成立しており、また共犯者青木伸一からその妻宛に送金されてきた金八〇〇〇万円を同社が仮差押えしており、これらの範囲において同社の損害は填補され、或いは填補される見込であること、その他被告人の家庭の事情、反省の念など所論指摘の被告人に有利な諸事情を十分勘案しても、被告人に懲役二年六月の刑を科した原判決の量刑が不当に重過ぎるとは認められない。論旨は理由がない。

よつて、刑事訴訟法三九六条、刑法二一条、刑事訴訟法一八一条一項但書により主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官石田登良夫 裁判官梨岡輝彦 裁判官白川清吉)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例